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大切な人との別れ・・・どう乗り越える?!

こんにちは。
心理セラピストのなかたひさのです。

お久しぶりですが、お元気ですか?
コロナ禍の中、皆さん毎日をどのようにお過ごしでしょうか?

私は、医療機関関係の職場な為
仕事の自粛はないので、大きな日々の生活の変化は感じず
子供たちとの関わりを持っています。

一方では、仕事を自粛せざるを得ない方もいらっしゃり
大変な思いをされていることと思います。

そして、収束を願うも先の見えない不安を
誰しも抱えている大変な時ですが、

〜してはいけないと、思えば思う程
我慢を強いられている様に感じてしまう方
多いいのではないでしょうか!?

自分なりの捉え方を考えながら、
それぞれに出来ることを精一杯務めていきたいですね。

私は、子供たちに安心と心地よさが感じられるよう
又、感染リスクの高い、医療現場で頑張って下さっている
保護者の方々に敬意と感謝を持って

今まで以上に安心して働いてもらえるよう
自分の安全も怠らず日々過ごし、
この逆境を乗り越えていきたいと思っています。

皆さんも頑張って下さいね!!

さて、数ヶ月ぶりの投稿ですが
本題に入りたいと思います。

先述で触れたコロナ感染症。
重症化し命を落とされてしまった方が、多くいらっしゃいますが、

生きていると多くの人は、
大切な人との別れを体験します。

私も夫と父との別れを経験しました。

そこで、今日は大切な人の死と自分がどう向き合い
又、乗り越えて行く為に大切な事を私の体験と心の変化を
通して綴って行きたいと思います。

グリーフケア <悲しみを癒す>

あなたは、グリーフケアと言う言葉を聞いたことがありますか!?

グリーフとは?
英語で「死別などによる深い悲しみ」「悲痛」を意味するそうです。
なのでその悲しみを癒すプロセスがグリーフケアとなります。

詳しくは、以下参照して下さい。

ー日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より引用ー

配偶者や子供、親などの家族、親しい友人などと死別した人が陥る、複雑な情緒的状態を分かち合い、深い悲しみから精神的に立ち直り、社会に適応できるように支援することをいう。グリーフgriefは深い悲しみや悲嘆を意味する英語で、悲嘆ケアや遺族ケア(bereavement care)ともよぶ。落胆や絶望体験を伴う遺族などのグリーフには、多くの場合、ショック期、喪失期、閉じこもり期、再生期という回復までの段階があり、この過程をグリーフワークgrief workやモーニングmourning(服喪)ワークという。このような精神状態は正常な心理反応であり、自然に回復する過程をとるが、これが抑圧されるなど正常に行われないと、病的悲嘆という、精神や身体的な疾患を伴って長期化することがある。
日本では2005年(平成17)4月25日に起こった西日本旅客鉄道の福知山線脱線事故を機に、グリーフケアが一般に知られるようになった。事故の遺族に対する継続的な取り組みの一環として、2009年聖トマス大学(兵庫県尼崎市)に日本初のグリーフケア専門の教育研究機関、グリーフケア研究所が、JR西日本あんしん社会財団の寄付により設立された。同研究所は2010年に上智大学(東京都千代田区)に移管された(研究所の所在地は大阪市北区の上智大学大阪サテライトキャンパス内)。
アメリカやイギリスでは、患者をみとった病院に遺族が死後も定期的に通い、現状に沿って医師やグリーフアドバイザーから助言を受けることが浸透している。日本では長い間にわたり、近親者や近隣住民との密着した人間関係、仏教の存在などによって悲嘆が癒やされてきたと考えられるが、このような慣習が急速に薄れ、核家族化や都市化が進んでいる現代では、悲しみに寄り添う存在や代替となるケアが求められている。

ー引用終わりー

私は、この言葉をとある医療現場のTVドラマから知り
そこから、グリーフケアの具体的な取り組みを知りました。

この時、夫と父を亡くしていたので、
私が辿った深い悲しみの心の変化などを
重ね合わせて振り返ってみました。

グリーフケアの取り組みとは、
(ドラマから抜粋)

⓵悲しみを肯定する→悲しむ事は自然な事
男性は我慢して悪化しやすい

⓶悲しみを表現する→悲しむ行為は立ち直る為のプロセス
感情を吐き出させてあげる
亡くなった人の話をしたり物などに触れるなどがよい

➂儀式を行う→葬儀は死を受け入れるきっかけ
大切な人の死を受け入れる

励ますではなく、悲しみに寄り添う
一人で立ち直らなくていい。
家族や友達と悲しみを共有する。

どれをとっても喪失の深い悲しみを超える為には、
大切なプロセスであることを感じました。

悲しみに飲み込まれていた日々

夫の死は、ある日突然訪れました。
当時、身近に両親・義理の両親・友達もいたので、
悲しみを肯定されていたと思うのですが、、、

私の中には人から肯定されている感覚がありませんでした。

悲しみを表現することは、
我が子を亡くした義理の両親の気持ちを考えると
自分が泣いていてはと、流れる涙を押し戻そうとしていました。

葬儀は、400人もの人達が参列してくれましたが、
私の中では、喪主としてきちんと努めなければいけない。
そんな思いが強かったことを思い出します。

一人ではないのに一人でどうしよう・・・
現実的には、友人や近所の方々の沢山の協力を
得ていたにも関わらず、一人で抱えている不安な感覚でした。

そして、手を差し伸べてくれた周りの人たちに
感謝というより、申し訳ない罪悪感を感じていました。

葬儀中は涙も流れず
夫との別れのが出来なかったと、後に後悔の念が湧きました。

そしてその後の暮らしはというと、
常に不安を抱き悲しみに浸る生活の日々でした。

楽しい事があっても悲しみに瞬く間に
飲み込まれてしまう。

深い悲しみを超えることなど出来るはずが無いと
思っていました。

リトリーブサイコセラピーと父の死

夫が亡くなってから7年くらい経った頃でしょうか・・
父が認知症を患いました。

「自分で出来なくなる事が増えていくでしょう」と、医師に告げられ
老いて行く父の姿を目の当たりにするたびに

私は、父が死んでしまったらどうしようという
不安と恐怖に幾度となく襲われました。

それと同時に、夫が亡くなった時に感じた
胸の激しい締め付けを感じる事もありました。

もう生きる事の意味も見出せなくなっていた。

しかし、数年後

私は、リトリーブサイコセラピーの心理セラピーに
出会いました。

リトリーブの心理講座や個人セッションで
悲しみ・不安・恐怖といった

まさに私が抱えていた
ネガティヴな感情と向き合い始めると、、、

私の心は少しずつ解放されていきました。

先ず、夫の死に対する悲しみを解放し、
10年以上かかりましたが、

夫の死を受け入れ当時出来なかった
お別れの儀式をする事が出来ました。

そして、新たな夫との繋がりが出来たのです。

父の亡くなる一年前には、
私が幼少期の頃から担っていた、
父への役割の人生から降りる
セッションを受けていました。

そして、今年令和2年1月7日
満90歳で父が生涯を閉じました。

90歳といえば大往生とよく言われますが、
大切な人との別れは、幾つであろうと
ただただ悲しいものでした。

亡くなった連絡を受けると、
夫の時と同じ胸の締め付けが
あったのですが、
不思議なことに胸の右半分にだけでした。

そして、その痛みがスッと消えると同時に
涙が溢れ病院へ向かう車の中で一人泣き叫びました。

無言の帰宅
父との別れには、数日間ありました。

布団に横たわる父に毎日語りかけ
手を合わせ沢山涙も流しました。

毎日、家族で集まり賑やかに食事もしました。
葬儀の準備にも冷静に臨んでいる自分がいました。

この数日間は、父の死を受け入れるとても大切な
時間でした。

棺には、幼少期に抑圧していた父に対する思いを
手紙に綴り入れました。

通夜の晩は葬儀会場の棺の中に眠る父の前で
一人フラ(ダンス)を踊り自分の気持ちを
全身で表現することもしました。

私なりの表現で父へ思いを伝えることで
父の死を受け入れていけたと思います。

夫と父、私にとって大切な人の死であるのことは変わらないのに、
受け入れていく時間や感情の変化に大きな違いがあることが
手に取るように感じられました。

その違いは、やはりリトリーブで
自分に向き合い、安心安全を感じられる様に
なったからだと思います。

深い悲しみとグリーフケアそして安心感をセット

私は、父の死を家族と悲しみを共有出来たと思うし、
又、自分の中の安心感が育っているからこそ
乗り越えるプロセスを踏めていると思っています。

 

最後に

大切な人の死を受け入れるには、

自分の内側に安心感があること

どんな自分でも大丈夫!!

この安心感が悲しみを乗り越える為に
とても重要であるのです。

そのことを、夫と父の死を通して強く感じ
ました。

父を亡くして4ヶ月を過ぎましたが、

大切な人の死を受け入れられると、
後に感謝や自分の人生を生きる糧になると、
私は捉えています。

・大切な人を亡くされた方
・大切な人の死を考えると不安や恐怖が
湧き上がってきてしまう方

大切な人が亡くなる前に
大切な人がたとえ亡くなっていたとしても

深い悲しみに飲み込まれたままの人生にならないよう
自分の内側に向き合っておいたほうが良いと
私は、自身の体験を通して感じています。

最後になりますが、
コロナ感染症で命を落とされたご家族の方々へ

死に目にも会えない、葬儀のプロセスもない
どこにもやり場のない深い悲しみを抱え
本当に辛く悲しい思いをされていることと思います。

でも、どうかその深い悲しみを感じていくうちに
ご家族や、身近な人と悲しみの共有が沢山出来
いつの日かそのお気持ちが癒され、

亡くなられた方と新たな繋がりが生まれることを
切に願って終わりにしたいと思います。

最後まで読んで下さり
ありがとうございました。

それではまた!