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共依存「歪んだ愛の行方」

こんにちは。

リトリーブサイコセラピーという心理療法を使って
様々なお悩みを根本解決へとお手伝いさせていただく

心理セラピストのなかたひさのです。

雨の多い毎日ですが、いかがお過ごしですか?!

水害や土砂崩れなどの被害に遭われた方々へ
深くお見舞い申し上げます。

又、悲しい虐待事件や
人気俳優の急逝のニュース、
未だコロナ禍でもありますが、

周りの情報や影響に流されることなく
ご自身を信じ、自分で考えたことを行動に移し
この逆境を乗り越えていきたいですね。

うーん梅雨明けが待ち遠しい。。。

 

さて、今回のテーマは
前回のブログのテーマと同じ共依存です。

あなたは、愛着とも深く関連性のある共依存という言葉を
知っていますか?!

昨今、核家族を背景に人々の苦悩の中で
共依存関係であることが、人生において生きづらさを
生み抱えてしまう、そんな人たちが多いとおもわれます。

今回は、2014年埼玉県川口市にて
17歳の少年による祖父母殺害事件に
着想を得たという作品

現在、公開されている『マザー』という
共依存をテーマにした映画を鑑賞して来たので、
この作品を元に、共依存について深めていきたいと思います。

共依存親子

両親との関係に溝を抱えていた母、秋子は、
シングルマザーとなってからも
その悲しみを埋めるために、次々と男性へ依存しては
見捨てられることを繰り返していた。

自分はそもそも愛されない存在という、
前提を無意識に強化していったのだと思う。

母秋子の愛着障害が引き金で、
共依存親子の関係が強化されていったのだろう。

秋子の息子周平は、小学3年生から学校へ行かせてもらえず
二人は社会生活から逃げる様に、転々とする日々を送っていた。

そして、秋子の男性との過剰な依存関係の狭間で
周平も母からの支配を受けていき、

母からの指示に従い祖父母殺害へ
加担してしまった。

周平の幼少期

・数日間、置き去りにされる。
・母の気持ちを最優先。
・自分の気持ちは、一切聞いてもらえない。
・面前DVを受ける。
・SEXシーン空の浴槽に身を潜め耳を塞いで時を待つ。
・大きなトラウマを抱える。
・DVを受ける母を庇い、自ら虐待を受ける。
・脳を止め、母の支配下でお金をかき集めさせられる。
・母からの一方的な発信を受け取る。
・自ら言葉を発する事はほぼ無い。
・母からの暴言、暴力を受ける。

などなど、子供時代のシーンの数々が
あまりにも過酷で心が痛みました。

周平の意思表示と母の反応

・母のパートナーから、「お父さんと呼べ」と強要されるが、
「呼ぶかは自分が決める」と力強く伝え、怒鳴られる。
・数日置き去りにされた時、「どこへ行ってたの?」と
不安でいっぱいだった思いを投げかける。
・「学校へ行きたい」と、伝える。
・犯罪指示に対し「やめよう」「出来ない」と言うが、、
どこかで「やるしかない」と、思っていた?!

周平の数少ない意思表示に対し
母は無反応だったり、

おまえは嫌われている
目が怖い、臭いなどの人格否定を浴びせたり

体調が悪く働けないと見せつけ、
周平を自分の生きるための道具として働かせた。

周平の抱えた思い込みと生きづらさ

・見捨てられ不安
・自分の感情、感覚を殺す
・言いたいことを言わない
・人が怖い
・人が信じられない(自分を信じられない)
・見えたり目立ったりしてはいけない、影の人間
・一人では生きていけない母の役に立つ子供でいた(親子逆転)
・欲求が湧かない
・楽しんではいけない
・お金の価値観が分からない。
・母を助けられない自分は、価値のない存在
・自分は、嫌われる人間
・自分は否定される存在
・愛されない絶望
・自分の人生を生きてはいけない、生きられない
・生きるは、辛いこと

など、これらは私が映画を鑑賞し
あくまで私が想像したものです。

母が男に見捨てられ、青年となった周平に泣いてすがるシーンで
無言のまま母の支えになりながらも
周平の抑圧してきた膨大な感情が
握りこぶしで表現されていたのが、とても印象的だった。

共依存の結末

壮絶な共依存親子の人生は、
愛を知らない母の思考が歪み、また子の思考も歪んでいく。
そして、自分という存在を殺しながら生きていく。

ありのままの自分を愛してもらえなかった母は、
親への絶望を恨みに変え、

我が子を支配下へ置き、親への復讐へと加担させ
祖父母殺害へと子を導いてしまった。

また子は、自分が利用されようが、
ゴミ箱扱いされようが、親のために脳を止め
役割の人生を歩んだ。

この共依存親子という支配関係こそが、
親子の人生を狂わせてしまった。

殺害後、母親に共依存である事が告げられるシーンが
あったが、共依存でいなければ生きてはいけないくらいの
深い悲しみを抑圧していたのだろう。

そして、ラストシーン

殺人者となった周平は、
真実を告げる様迫られるが、
頑なに自分一人で犯行に及んだと話す。

そして、弁護士の発した「うそはダメだよ!」に対し

「生まれた時からダメでした」
「お母さんを好きなのもダメですか?」と。。

周平の人生の中で、自分で選択し相手に自分の意思を
伝えること出来たのが、殺人犯になってからだったと思うと
切なくてやるせない思いで胸が一杯になり涙が溢れた。

おわりに

共依存は、病気ではありません。
しかし、病気以上に人の心を蝕み無いものにしてしまう
とても恐ろしい人と人との関係であると『マザー』の映画を
通して改めて認識しました。

共依存であることは、日常に溶け込んでしまうので、
自分ではなかなか気づきにくいものです。

日頃から自分に意識を向けていくこと。

周りへ助けを求める一歩の勇気が大事なこと。

そして、共依存親子に最も大切なのは、愛着に着目した
親の心理的側面のサポートが必要だと、私は強く感じています。

 

数年前の事件ですが、
なぜ今取り上げられ映画化されたのか?!

共依存の関係性であることは、
自由を奪い、人間本来の幸せから遠ざかり

支配とコントロールの関係からまやかしの安心を得る
そんな共依存親子が昨今、
増え続けているからなのかもしれません。

最後に、ご紹介です。

○事件の背景を追ったルポ
山寺香:毎日新聞記者
『誰も僕を見ていない』著者

○命支える(自殺対策)プロジェクトキャンペーンソング
ワカバ 『あかり』

『あかり』の楽曲は、17歳の青年が事件を起こす前日に
北千住駅前のデジタルサイネージ(駅ビジョン)で『あかり』という曲を
知り、事件を起こした日の夜、うろ覚えの歌詞を手掛かりにパソコンで
『あかり』の動画を探し、「もっと早くこの曲に出会いたかった」と思った曲。
〜『誰も僕を見ていない』より〜

かなり心に重くのしかかる内容ではありましたが
人として生きる意味を考えさせられる映画でした。

ご興味のある方
是非、『マザー』観てみて下さい。

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